公開日 2020年03月18日(Wed)
休校から早いもので20日が過ぎようとしています。そろそろ宿題も終わった頃かな?
生徒のみなさんの中には楠隼が恋しくなってきて,楠隼に早く戻りたいと思っている人もいるのではないでしょうか。
我々教員も日々寂しい思いをしています。
さてこの風景にピンときた生徒も多いのではないでしょうか。
楠隼入口の坂道を降りて左側へ進むと現れるT字路です。
さらにT字路からの左右に伸びる道の特徴は,「車が2台通るには狭く」,「両サイドは開けておらず」,「ひたすら直線が続く」ところです。
実はこの道,30数年前までは全く別の用途で使われていた道なのですが・・・
さぁ,問題です。
「その用途とはなんでしょう?」
シンキングタイム!
チク
タク
チク
タク
チク
タク
終了です!
解説
「鉄道の線路」でした。1987年に旧大隅線(志布志~国分間)が廃止されるまで,楠隼のすぐ近くを鉄道が走っていたのです。
(写真は肝付町観光協会のページからお借りしました。)
ちなみに,この楠隼の校舎(旧高山高校)も1981年に新しく建てられたもので,もともとは肝付町文化センターの位置にあったのですね。」
教科書に載っている歴史もいいけれど,こういった地域史にも「歴史の面白さ」があります。せっかくの長い帰省です。皆さん,それぞれの地元の歴史探究などしてみてはいかがでしょうか?自由な時間を有効に活用していきましょう!